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みらいシネマ アーカイブ

ぼくが生きてる、ふたつの世界
202667
映画
「ぼくが生きてる、ふたつの世界」
トークショー
登壇者:
呉美保(監督)/ 港岳彦(脚本)
司会:
原田幸子(おぐに映画の森)
写真:
小賦光良(みらいシネマ福岡)
原田幸子
本日は皆さま、ご来場ありがとうございました。私は「おぐに映画の森」の原田と申します。よろしくお願いいたします。今日の上映は、ユニバーサル上映を実施している「みらいシネマ福岡」との共催で開催しました。「みらいシネマ福岡」は、「誰一人取り残さない映画体験」を目指して各地で上映会を行っています。本日は、日本語字幕、イヤホン音声ガイド付きでお届けいたしました。では、本日のゲストをご紹介いたします。呉美保監督、そして脚本家の港岳彦さんです。どうぞこちらへ。
脚本家の港岳彦さんと呉美保監督
港岳彦
初めまして。脚本家の港岳彦です。今日はお足元が悪かった中、今はいい感じに陽が出てる中、本日はご来場、誠にありがとうございます。
このTシャツは、手話をコンセプトにしたTシャツです。手話アートを手がけている門秀彦さんという方の作品で、門さんも、この映画で描かれている主人公と同じように、耳の聞こえない親を持つ“コーダ”です。東京・国立のスターバックスで、手話をモチーフにしたアートも手がけられていて、僕はその活動を応援しています。
呉美保監督
(手話で)
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』を監督しました呉美保です。今日は来てくださって、ありがとうございます。よろしくお願いします。
原田幸子
まず最初に、おふたり、小国町に来られていかがですか?
呉美保監督
昨日の夜から来て、杖立温泉に泊まらせていただいて、しっかり温泉を楽しみました。さっきまでまち歩きをして、水神様巡りをしていたんですけど、このあと東京に戻ったら宝くじを買いに行かなきゃ、と思っています。
港岳彦
もう本当に浅ましい(笑)。人間の欲を感じながら、「お金、お金……」と思って巡っておりました。
原田幸子
この作品を映画にしようと思ったきっかけを教えてください。
呉美保監督
最初は、プロデューサーの山国秀幸さんから、「この原作を映画にしませんか」とお話をいただいたのがきっかけでした。原作を読んでまず感じたのは、コーダという存在だけでなく、人間誰しもが抱えているコンプレックスや、マイノリティとしての葛藤が描かれているということでした。私自身も在日韓国籍として、少数派意識を抱えながら育ってきたので、小さい頃の感情を思い出させてもらいました。これは、より多くの人に届く普遍的な物語になると思ったんです。そして何より、私自身がコーダという存在を初めて知り、ろう者の方々の生活や価値観をもっと知りたいと思いました。
原田幸子
港さんは、脚本を書く上で大事にされたことはありますか?
港岳彦
僕は呉さんからお話をいただいて原作を読んだんですけど、仕事として読むことを忘れるくらい、「この本、めちゃくちゃいいな」と思ったんです。読み終わってから「あ、仕事だった」って思い出したくらい(笑)。感動したところがたくさんあったので、自分が心を動かされた部分を、そのまま観客に届けられる脚本にしようと思いました。この作品には、「家族に障がい者がいることを恥ずかしいと思ってしまう感情」が率直に描かれている。それがとてもリアルだった。僕自身、弟が重度の知的障害で、書かれている感情がすごく分かる部分もあったんです。
原田幸子
吉沢亮さんを主演に選ばれた理由を教えてください。
呉美保監督
吉沢さんのお芝居を見て、「すごくいいな、この人」と思っていたんです。すごく美しい。でも、その奥に、人間の豊かな感覚がある。目の奥に“開ききっていない感じ”があるんですよね。この役にぴったりだと思いました。実際にご一緒して思ったのは、自分の才能に無頓着なんです。才能もセンスもあるのに、それを誇示しない。『国宝』なんか本当にそうだと思いますけど、見た目だけじゃない奥行きがある人だと思いました。
原田幸子
手話の練習もかなりされたんじゃないでしょうか。
呉美保監督
努力を見せないんですよ(笑)。3か月くらい前から、ネイティブ手話の方と一緒に練習していたんですが、本当に淡々としている。でも、助監督さんが「吉沢さん専用の手話動画」をYouTube限定公開で作っていて、その再生回数がものすごかったんです。
現場では何も見ない。でも家でどれだけ努力していたかが分かる。かっこいいなと思いました。
原田幸子
母親役の忍足亜希子さんについてはいかがでしたか?
呉美保監督
初めてお会いした時に、喫茶店のシーンをやっていただいたんです。そこに、私は体が震えるくらい感動してしまって。悲しそうに演じるんじゃなくて、子どもが可愛くてしょうがないという感じが自然に出ていた。その空気感に、「この人しかいない」と思いました。
原田幸子
港さんから見て、呉監督はどんな方ですか?
港岳彦
ずっと喋ってます(笑)。打ち合わせが4時間、5時間。仕事の話は、そのうち80分くらいじゃないですか。
呉美保監督
無駄話の中にこそ、宝物があると思ってるんです。
港岳彦
勝新太郎さんの名言みたいですね(笑)。でも、本当に細かい監督です。映画監督って、脚本だけじゃなく、カメラ、光、音、編集、演技、全部を判断しなきゃいけない。その中で細かいっていうのは、すごい能力なんですよ。しかも、呉さんはセンスがいい。そして妥協しない。そこを本当に尊敬しています。
観客との質疑応答
観客
脚本には監督がかなり手を入れるんですか?
呉美保監督
勝手に赤を入れることはしないです。でも、「これはどういう意味ですか?」とか、「最後どうなりますか?」とか、一個一個確認します。
港岳彦
ガチ詰めされます(笑)。
観客
映画作りと、ご自身の経験との関係について聞かせてください。
港岳彦
脚本を書く時って、登場人物の気持ちに入らないとセリフが書けないんです。悪役を書く時でも、「もし自分だったら」と想像し続ける。ひたすらシミュレーションしている感じですね。
呉美保監督
私は小さい頃から、「普通って何だろう」と考えてきました。友達の家はハンバーグと味噌汁なのに、うちはビビンバ、ナムル、キムチだった。「なんでうちは違うんだろう」って思っていたんです。でも今は、「みんな普通で、みんな普通じゃない」と思っています。だから私は、家族の形にすごく興味がある。恋愛映画でも、背景にある家族がちゃんと描かれていないと、私は心が動かないんです。
会場の雰囲気
観客
ラストシーンは最初から決まっていたんですか?
港岳彦
原作では、あのシーンは物語の真ん中にあるんです。最初は違うラストだったんですが、ある時、呉さんが「分かった! あのシーンをラストに持っていける!」って。そこから構成を大きく変えました。
呉美保監督
原作は、「現在の自分が過去を振り返る」構成なんです。でも、それだと現在の主人公が“語り部”になってしまう気がした。だから時系列で進めながら、最後にあの駅のシーンを置いた。さらに、ロケハンで長いトンネルを見た時、「人生って、トンネルを抜け続けるようなものだな」と思って、そのイメージもラストにつながっていきました。
原田幸子
皆さん、まだまだお話を聞きたいところではありますが、お時間となりました。今日は呉美保監督、港岳彦さんにたくさんお話をしていただきました。本当にありがとうございました。最後に大きな拍手をお願いいたします。
スタッフと集合写真