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みらいシネマ アーカイブ

荒野に希望の灯をともす
20251212
映画
「荒野に希望の灯をともす」
トークショー
登壇者:
谷津賢二(監督)、佐々木亮
司会:
古賀和子
写真:
小賦光良
司会
皆さん、お待たせいたしました。そろそろトークショーの時間です。映画『荒野に希望の灯をともす』より、谷津賢二監督と、ジャーナリストの佐々木亮さんをお迎えします。どうぞ大きな拍手でお迎えください。

(拍手)
司会
どうぞお掛けください。お二人ともよく似たジャケットですね。谷津監督は少しグレー系、佐々木さんは茶色がかったツイード。谷津監督はジーンズ姿で、やはり現場の方という感じがします。
さて、今日は特別に中村哲さんにも“来て”いただいています。こちらの写真です。この写真、中村さんのトレードマークの帽子をかぶっておられますね。谷津監督、この帽子はアフガニスタンの伝統的なものですか?
谷津
はい。これは「パコール」と呼ばれる帽子で、アフガニスタンやパキスタンで広くかぶられています。中村先生はとても気に入っておられて、現場では毎日かぶっていました。暑さを防ぐだけでなく、ウール製で厚みがあるので、頭を守る意味もありました。
この写真は2016年に私が撮ったもので私のとても好きな一枚です。後ろに写っているのは、映画にも何度も登場するクナール川です。写真を撮らせてくださいとお願いすると、腕を組んで、にこっと笑ってくださった。その瞬間を撮りました。
佐々木亮さんと谷津賢二監督
司会
その川に、日本の福岡県にある山田堰を模した堰が造られたというのも、本当に誇らしいことですよね。県民として。
佐々木さんは、朝日新聞の記者として福岡に赴任中、中村さんに初めて会われたんですよね。
佐々木
はい。2001年9月です。9・11の直後でした。アフガニスタンで長年医療活動をしてきた医師が福岡に帰国する、空港で取材しろという指示でした。私は勝手に、プロレスラーのような大きな人を想像していたんですが、実際に現れたのは小柄な方で、ひょこひょこっと歩いてこられて、驚きました。
でも、10分か15分ほど話を聞いただけで、「この人の話はもっと聞かなければならない、もっと報道しなければならない」と思いました。それから2019年まで、18〜19年にわたって取材を続けることになりました。
司会
ありがとうございます。それではここからは、佐々木さん進行でお話を進めていただきます。
佐々木
今日、皆さん映画をご覧になったばかりですが、この映画は約1時間半です。ただ、取材と撮影は非常に長い時間をかけて行われています。谷津さん、どれくらいの年月、どれくらいの時間を取材されたのでしょうか。
谷津
その前に、ひとつだけ皆さんにお伝えしたいことがあります。映画の中で印象的なピアノ曲が流れていたと思いますが、あれはモーツァルトの《アヴェ・ヴェルム・コルプス》です。中村先生はモーツァルトが本当に好きで、アフガニスタンでも仕事が終わると、よく一人で聴いていました。
そしてこの曲を実際にピアノで弾いてくださっているのは、中村先生の娘さんの幸さんです。録音の際、幸さんは「汗まみれ泥まみれで石を担ぐ父の姿、水が通って笑顔になる父の顔、荒野が緑に変わる風景を思い浮かべながら、天国にいる父に届くように弾きました」と話していました。もし再び映画を見る機会があれば、そんなことも思い出して聴いていただけたらと思います。
さて、ご質問に戻りますが、私が中村先生に出会ったのは1998年4月です。最後の取材は2019年4月から5月。21年間、カメラを持って先生の背中を追い続けました。アフガニスタンには25回、滞在日数はおよそ4,060日。映像は約1,000時間分あります。この映画は、その1,000時間を90分に凝縮したものです。
会場の雰囲気
佐々木
ありがとうございます。では改めて伺います。取材のきっかけについて教えてください。
谷津
きっかけは本当に偶然でした。1998年の年初だったと思いますが、会社の先輩が「谷津くん、この本おもしろいから読んでみたら」と手渡してくれたのが、中村先生の著書『ダラエ・ヌールへの道』でした。私は高校・大学で登山をしていて、山や砂漠、辺境地が好きで、そういう取材も多かった。ページをめくると、中央アジアやヒンズークシュ山脈、アフガニスタンという言葉が出てきて、自然と引き込まれました。
それ以上に衝撃だったのは、人の命と真正面から向き合い、戦火の中で黙々と命を救い続けている人がいるという事実でした。そして文章が非常に硬質で、本質を突く。私はカメラマンですから、「この人を撮ってみたい」と思った。それがすべての始まりでした。
佐々木亮さん
谷津賢二監督
佐々木
実際に初めて会われた時の印象は?
谷津
本を読んでいた私は、体も大きく、いかにも屈強な医師を想像していました。ペシャワール会を通じて取材を申し込み、東京駅近くの喫茶店で会うことになったんです。ドアが開いて入ってきたのは、とても小柄で穏やかな方でした。声も小さく、ぼそぼそと話される。こちらが身を乗り出さないと聞こえないほどで、「あれ?」と驚きました。
文章から想像していた“雄々しい医師”とはまったく違いました。でも、その静けさの奥に、何かとても強いものを感じました。
佐々木
そして最初の現地取材へ行かれるわけですね。
谷津
はい。パキスタンから山岳地帯を巡る医療キャラバンに同行しました。馬に薬や医療器具、寝袋、食料を積み、無医村を回る診療です。私は馬にも乗ったことがなく、肩に15キロほどのカメラを担いでついていきました。
正直に言うと、撮っても撮っても、先生が格好よく見えなかったんです。半眼で眠そうな表情、イヤホンでモーツァルトを聴きながら、作業服にくわえタバコ。2日ほど揺られて着いた草原で「ここで診察をします」と言われたものの、人影は一人もいない。先生は帽子をかぶって、草原で昼寝を始めてしまった。失礼ですが、「これでドキュメンタリーになるのだろうか」と思いました。
ところが翌朝、様子が一変しました。遠くの山から老若男女が次々と現れ、670人もの人が集まってきた。先生の目は鋭く、静かな気迫に満ちていました。一人ひとりを丁寧に診察し、暮らしや家族のことまで聞き、言葉をかける。その姿を見て、私は「医は仁術なり」という言葉を、初めて実感として理解しました。
診察のお礼として差し出された一杯のお茶を、先生が「おいしい」と笑って飲む。その様子を、村人たちが少し離れた場所から、にこにこしながら見守っている。私はカメラを下ろし、自分の目で見ていたいと思いました。そこには、カメラに映らない、しかし確かに存在する敬愛と信頼がありました。
その時に生まれた問いが、私を21年間、先生の背中を追わせたのだと思います。なぜこの人は、民族も宗教も文化も違う人々から、これほど敬愛されるのか。そして、なぜこれほど深く他者を慈しむことができるのか、と。
佐々木亮さんと谷津賢二監督
佐々木
谷津さんは、中村さんを表す言葉として「仁と義」「利他」という言葉をよく使われていますね。
谷津
はい。「仁」は他者を慈しむこと、「義」は正しく生きること。中村先生は、その二つを体現して生きた人でした。利他という言葉も、先生自身は一度も使いませんでしたが、生き方そのものが利他だったと思います。
ヨーロッパの思想家ジャック・アタリも、コロナ禍で「これから人類に必要なのは利他だ」と言っていました。中村先生は、それを30年以上前から、言葉ではなく行動で示していた。
佐々木
映画は2022年公開ですが、すでに多くの方がご覧になっています。
谷津
はい。全国の上映会を通じて、約16万人の方が観てくださいました。映画の出来を超えて、「中村先生に会いたい」「声を聞きたい」という思いが、口コミで広がった結果だと思います。
多くの方が、「平和や希望、真心という言葉を、もう一度大きな声で言っていいと思えた」と話してくださいます。中村先生の生き方が、私たちの進む道を照らしているのだと感じます。
司会
本日は貴重なお話をありがとうございました。今日の聞き手は、明日の語り手です。どうか皆さん、それぞれの言葉で、この物語を伝えていってください。

(拍手)
サイン会の様子
上映会アンケート
国民栄誉賞なんてものがあるなら中村哲さんにこそ与えてほしいと映画を見て思いました。日本の誇りです。福岡の誇り!どこまでも静かな語り口が印象的でした。本当に強い方とはああいう人なのですね。10歳の次男さんの力も陰ながら大きかったと思います。寂しい思いもされたことでしょうが、65万人を救いました。トークショーの谷津さんの感動的な話が心に響きました。カメラに映らない中村さんの人間性、人となりがとても興味深かったです。谷津さんが中村さんについて、言いたいこと伝えたいことがいっぱいあるのを感じました。講演会があったらぜひ聞きたいです。砂漠が緑の大地に、信じられないような光景でしたが、一歩一歩やれば、できるのですね。励まされます。国会での中村さん、とってもかっこよかった。情熱や感情を表に出すのではなく、しかし、キッパリと揺るぎなく! これに心を動かされ賛同するほどの民度が日本にはないというのが悲しいです。利他より自分ファーストになだれを打って進みつつある現状は滅びの道だと思っています。人間は愚かしいものですね。
いい映画とトークでした。1000時間も撮られているので、また哲さんの映画を編集してください。映画はもっと若い世代に見てほしい。学校等で上映してほしい。戦争の愚かさ、平和のむずかしさを感じる。
山田堰のお話をうかがったことがあります。それで中村さんに興味を持ちました。中村さん亡き後、アフガニスタンの人たちが水路を作っているところに涙が出ました。引き継がれ生き続けている。ありがとうございました。 (60代・女性)
中村哲さんの行動と人々とのふれあい、愛情を原動力として、世界を切り取る言葉に感銘を受けた。「私の人生はこのために、用意されていたのだ」という言葉。
困難な時でも、生きる目的があれば達成できることを教えてくださっています。これからの人生に少しでも活かしたいです。 (70代・男性)
ぜひ中学や高校で上映してください。子供たち若い世代が観るべき映画だと確信します。
今日はありがとうございました。ペシャワール会を応援したいという気持ちが強くなりました。 (30代・男性)